むさし・いおりのさと
武蔵・伊織の里

宮本武蔵・伊織の生誕地周辺に、生誕地碑や生家跡碑(田原家跡碑)、三十六歌仙扁額などさまざまなものが残っています。

米田の鎮守で、加古川を挟んで隣接する泊神社(加古川市)の末社。泊神社は、木村・加古川・今市・中島・米堕など17か村の氏神で、米堕にも末社がありました。しかし、江戸の初期に武蔵の養子伊織が、荒れ果てていた泊神社を再建し、旧社殿を現在の米田天神社へ移しました。天神社には、伊織と弟の小原玄昌が寄進した三十六歌仙扁額や、石灯籠などが残っています。また、米田天神社の南には、武蔵・伊織の生誕地として間違いないという証明碑が、平成2年(1990年)に宮本武蔵・伊織顕彰会によって建立されました。高さ約3.5メートル、幅約7メートル、重さ約100トンの地元名産竜山石で造られています。題字は、武蔵が仕えた九州・細川家の子孫第25代当主細川護貞氏によるものです。米田天神社の東隣にある寺院で、武蔵の没後の正保3年(1646年)に武蔵の供養のために、伊織が神宮寺に鰐口を寄進しています。武蔵の生家である田原家の屋敷跡(現在は建物は残っていません)には碑が建っています。
電話
武蔵・伊織顕彰会 079-432-3527