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加古川のシンボル大銀杏と「黒田官兵衛と光姫(てるひめ)」ゆかりの地

大銀杏が美しい称名寺

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山門を入るとすぐに境内の奥にある大銀杏を望むことができます。
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称名寺は、平成26年のNHK大河ドラマで取り上げられる「黒田官兵衛」と「光姫(てるひめ)」ゆかりの地である加古川城跡です。

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織田信長の命を受けた羽柴秀吉が、中国地方の覇者毛利氏平定のため播磨国に下向し、天正6年(1578)2月下旬に糟屋(加須屋)氏の加古川城(現在の称名寺)に諸城主を招集し軍議を開きました(加古川評定)。しかし、その直後、三木城主別所長治が毛利氏と結び織田氏に反旗を翻し、加古川周辺の諸城の多くも別所氏に従ったのでした。
加古川城主の糟谷武則は、三木合戦では秀吉方に付き、賤ヶ岳の戦いでは、賤ヶ岳七本槍の一人に数えられるなど武名を上げましたが、関ヶ原合戦で西軍に属したため領地没収となり加古川城も廃城となりました。

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ちょうど見頃を迎えるころでした。黄色く染まった葉に太陽の光が反射しキラキラして見えます。

境内に入ると正面奥に本堂があります。
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本堂の横に不動堂が建っており、不動堂の隣にも立派な銀杏の木があります。

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また、境内には七騎供養塔があります。
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七騎とは、南北時代、塩治判官高貞が、事実に相反する告げ口によって京都を負われ、本国の出雲へ落ちて行くとき、足利尊氏の軍勢に追われ、米田町船頭の附近で追いつかれてしまいました。そのとき、弟の六郎他郎党7人が主を討たせまいとしてこの場所に踏みとどまり、足利の軍勢と激しく戦いましたが、ついに全員打死してしまいました。この碑はこの七騎追弔のため、地人により建立されたものです。

大銀杏はこれから見頃を迎えます。「黒田官兵衛」と「光姫」のゆかりの地である加古川城の痕跡が残る称名寺とその周辺を散策しに出かけてみてはいかがでしょうか。

アクセスJR加古川駅より徒歩20分

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